SCIENCE
LSTは、天文学や宇宙物理学の分野で、以下のような幅広いテーマの研究に貢献します。原始星のコアから原始惑星系円盤への化学進化、銀河系や銀河の星形成、スニヤエフ・ゼルドビッチ(SZ)効果による銀河団の進化、宇宙再電離期(EoR)で生成されたガンマ線バースト(GRB)のリバースショックなどのサブミリ波トランジェントの高周期広視野観測による探索など。LIGO-VIRGO-KAGURA時代にもかかわらず、数10平方度という極めて大きな位置の不確かさで検出された重力波源の電磁追跡、サブミリ波VLBIによる超巨大ブラックホール(SMBH)近傍の一般相対性理論の検証など。これらの科学事例の詳細については、後のサブセクションで説明します。ここでは、望遠鏡と焦点面観測装置への主要な要求を決定する、いくつかの重要なサイエンスケースを紹介します。
SCIENCE OVERVIEW
科学的な目標
大型サブミリ波望遠鏡(LST)は、天文学や宇宙物理学の分野において、幅広いテーマの研究に貢献します。
KEY SCIENCE CASES
LST が取り組む研究課題
LSTは、直径50mのパラボラアンテナによる大集光力と圧倒的な掃天能力を誇ります。さらに集光した電磁波を分光する能力は既存の望遠鏡を凌駕します。天体からの電磁波の振動面(偏波)を測り、天体の磁気的な性質を調べる能力も持ちます。宇宙における諸現象は、ダイナミックに変化します。LSTの圧倒的な集光力・掃天能力は、天体現象のムービーを撮ることすら可能にします。
現代科学には、今なお未解決の問題が多数あり、LSTはそれら根源的な謎に挑みます。とりわけ重要な3つの課題は、
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宇宙で最初の星はどのように誕生し、最初の銀河はどのように形成されたのでしょうか?
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開闢から再電離するまでの宇宙史の黎明期に、銀河はどのようにして超巨大ブラックホールを持つに至ったのでしょうか?
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近傍宇宙で見られる星々や惑星系は多彩な性質を示す一方, 共通してみられる性質もあります。多様性と普遍性を支配する物理法則はいかなるものでしょうか?
人類の智は既知の自然現象に未知を見出し、それを解決することで蓄積されてきただけではありません。知的探求とは、未知そのものの探求でもあります。LSTは、
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予言されていない未知なる現象や天体を見出す
ことにも挑戦します。その代表がミリ波サブミリ波帯における時間領域天文学の開拓です。LSTの大集光力と優れた掃天能力は、ダイナックに流転する宇宙の姿を描きだすことでしょう。それでは、これらの課題・挑戦を具体的に説明いたしましょう。
(1) 宇宙再電離期に至る宇宙史の中での銀河とブラックホールの形成・進化過程の解明
LST計画の着想に至った、もっとも重要な課題であり、次の3つ(1.1.から1.3.)に分けられます。
1.1. 「宇宙開闢数億年後の時代における最初期の星生成活動の探査」
1.1.1.「最初期の星生成銀河」とはいかなる銀河か?
LSTは、宇宙論的「3次元探査 (分光撮像探査)」を重点的に大規模に実行し、宇宙における天体形成の最初期から現在にいたる宇宙全史にわたって銀河の3次元分布を描きます。ALMAによる、赤方偏移した遠赤外線の酸素原子輝線 [OIII] 88 μm の観測により、赤方偏移が8から9という時代に銀河が星を活発につくる様子の理解が劇的に深まっています[1][2][3]。宇宙開闢後わずか2.5億年(赤方偏移 z ~ 15)の時代に、「最初期の銀河」がすでに誕生していたことを意味します。つまり、人類は初代天体の片鱗を捉えつつあると言ってよいでしょう。しかしながら、ALMAによる観測だけでは「最初期の銀河」を多数捉えることは困難です。そのため「最初期の銀河」を数多く探査し、一般にどのような質量・大きさ・形状を持ち、どれくらい活発に星を生み出し、どのような化学組成を持ち、さらにこうした性質にはどれほどの「個性」(振れ幅)があるのかを明らかにしたいのです。それらの性質の一般的描像やどれだけの多様性があるかについては、既存装置による観測ではまったく明らかになっていません。近年、2階電離した酸素イオン(天文学では、[OIII]と書きます)が放射する波長88 μm の光が、深宇宙における銀河の赤方偏移の同定に使えるほど明るいということがわかってきました。「最初期の銀河」の座標系では波長88 μmの[OIII]輝線ですが、宇宙膨張に伴い波長が伸び(つまり赤方偏移して)、LSTで観測できるサブミリ波帯に輝線があらわれます。この光のもたらす情報は、銀河を構成する星からの光や銀河内に分布するダスト粒子から放射がもたらす情報と組み合わせることで、銀河の物理的・化学的性質も明らかにできるのです。
LSTによる[OIII] 88 μm 輝線観測は、「最初期の銀河」が誕生したと思われる赤方偏移15〜20の時代に対して強力な研究手段になります。光の色(波長)を細かく分けて輝線を得ることを分光観測と呼びますが、LSTで狙う分光観測の感度は、NASAのジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡 (JWST) による近赤外線の分光観測に比肩するほど強力です。さらにLSTは分光と撮像を同時に行い、銀河の検出と赤方偏移の同定をいっぺんに行う性能を持ちます。このことは何を意味するのでしょうか?
これまで、「最初期の銀河」候補天体の探査は、近赤外線スペース観測にもとづいて行われてきました。この状況は、LSTの登場によって一変するはずです。他の追随を許さないLSTの掃天能力によって、最初期銀河探しをサブミリ波でLST自身ができるようになります。これにもとづきALMAやJWSTでの観測へ発展させることで、個々の最初期銀河の物理的・化学的性質が詳細にわかります。サブミリ波広域3次元探査が希少な最初期の銀河を見つけ出す有力な手段であることは、理論的にも示されています[4][5]。多数の「最初期の銀河」を研究することで、「最初期の銀河」ひとつひとつの物理量を求めるだけでなく、銀河の明るさごとに数を数えます(光度関数を求めると言います)。光度関数は、宇宙における構造形成の理解のための指標です。
さらに、LSTの分光撮像観測は「最初期の銀河」のみならず、現在(赤方偏移0)から最初期の銀河の時代(赤方偏移15〜20)にいたる天体形成の歴史のほぼすべてを見通すことを可能にします。[OIII]輝線を使って最初期の銀河の性質を明らかにすることは述べましたが、一酸化炭素CO分子輝線や1階電離炭素C+原子の[CII] 158 μm輝線も用いることで、銀河形成の最初期に至るまでの宇宙全史の銀河の空間分布を明らかにできます。私たちは、このような銀河の探査を断層撮像(トモグラフィー)になぞらえ、「CO/[CII]/[OIII]トモグラフィー」と呼んでいます。わずか3ヶ月程度のトモグラフィー観測で、10万個もの銀河を3次元的に描き出すことが可能です。
このような銀河の3次元地図は、銀河がいかなる環境で生まれたかを即座に知る重要な鍵となります。たとえば、銀河の群れ集まる度合い(クラスタリング)を知ることができれば、銀河が作られる母体となった暗黒物質の「見えないゆりかご」の質量を量ることができます。銀河ひとつひとつを詳細に調べる「個の研究」と銀河全体の性質をとらえる「集団の研究」のキャッチボールを通じ理解を深化させることで、宇宙における「最初期の銀河」の誕生から現在の天の川銀河が作られたその歴史を俯瞰できるようになるでしょう。したがって、LSTによって革命的な進展がもたらされるのは確実といえます。
1.1.2.「最初の星々の死」はガンマ線バーストからどこまでわかるか?
「最初期の銀河」を理解することと並んで重要なテーマが、宇宙で最初の星が誕生した時代に起きたであろう爆発を手がかりとする研究です。この爆発はガンマ線バースト (GRB) と呼ばれ、その名の通りガンマ線で検出されます。LSTでは、サブミリ波帯でその残光を捉えます。この大爆発が何に起因し、宇宙史のいつの時代に起こったかという基本的な問いに挑みます。誕生から3分経過の時点では、宇宙は水素ベースでヘリウムとリチウムを含むスープと例えられる状態でした。膨張とともに宇宙が晴れ上がり、密度ゆらぎが成長するなかで初代の星が誕生します。初代の星々は、近傍宇宙で見られる星々とはまったく異なりました。星の材料となるガスは水素とヘリウムがほとんどすべてで、太陽質量の100-1000倍の重量級の星も生まれるような、現在の宇宙とはまったく異なる世界です。これらの超大質量星の寿命は短く、寿命末期に大爆発を起こします。したがって、大爆発の痕跡を検出し、その赤方偏移を精密に測定することで、最初の星々がいつ死んだのかがわかります。これはLSTの重要なミッションと考えています。後述するようにLSTでは、検出した電磁波を色に分け、さらに細かく分光するだけでなく、それが時間とともにどのように減衰したかの情報をもたらします。それらパズルのピースをもとに物理学を駆使して爆発のプロセスを明らかにします。 これまでの理論研究から、継続時間の長いガンマ線バーストは重力崩壊型と呼ばれる極超新星のジェットによるものです。このジェット中を逆行する衝撃波は、バースト発生後数時間に渡り莫大なエネルギーをサブミリ波で放出します。そのため、サブミリ波での観測であれば赤方偏移20〜30の時代における大爆発でも検出可能とされます[6]。近年、こうしたガンマ線バーストのサブミリ波残光が赤方偏移が約2の遠方宇宙(100億年前の遠方宇宙に対応)でも観測されるようになり[7][8]、高赤方偏移のガンマ線バーストの探査への期待がますます高まっています。
ガンマ線バーストは地上の実験室では実現不可能な極限現象とも言えるため、必然的にさまざまな分野の物理学者も巻き込み、研究の大きな焦点となっています。水素、ヘリウム、そしてリチウムしか存在しなかった原初宇宙がどのようにして、これほど多様な元素をもつ宇宙へ進化したのでしょうか?その多様性の起源ともいうべき、「最初の星々の死」をガンマ線バーストから探る研究は、新技術を駆使したLSTでなければ実現できないものです。
1.2. 「スニヤエフ・ゼルドビッチ効果を用いた宇宙における大規模構造形成の研究 」
1.1.で紹介した「最初期の銀河」探査と「CO/[CII]/[OIII]トモグラフィー」、そしてガンマ線バーストを手がかりに「最初の星々の生と死」「宇宙全史にわたる星々の生と死」を知る研究は、森と木の例えでいうならば、宇宙史の「木」を知ることとも言えます。ここで「森」とは、銀河の大集団である銀河団と、銀河間に広く広がり銀河団を満たす銀河団内物質(ICMと呼ばれる)です。宇宙史の「森」の研究は、「森」である銀河団がどのように成立し、どのような性質をもつのかを知り、現在の宇宙へつながる歴史や、また銀河の形成と進化を知る大事な手がかりを与えてくれます。
宇宙の開闢から38万年後に、宇宙は晴れ上がりました。そのときの表面(最終散乱面と言います)からの光が現在の宇宙を満たしていますが、これを宇宙マイクロ波背景放射(CMB)と呼びます。CMBからの光子が銀河団を満たす大量の熱い電子のなかを通る際に逆コンプトン効果が起こります。これによって、低いエネルギーのCMB光子は、熱い電子からエネルギーをもらいます。つまり、光子が長波長側から短波長側へ汲み上げられることになるため、波長に対するCMB放射強度の依存性(スペクトル)が歪みます。これをスニヤエフ・ゼルドビッチ(Sunyaev-Zel’dovich; SZ)効果と言い、サブミリ波帯でその効果が顕著にあらわれます。SZ効果を利用すると、宇宙の構造形成に伴う銀河団プラズマの加熱や冷却の過程を知ることができます。これはサブミリ波帯の利点を活かしたユニークなアプローチであるだけでなく、SZ効果はX線と比較して赤方偏移の大きい宇宙での観測に強いという特徴があります。
ところが現状では、Planck衛星や日本で計画中のLiteBIRDなどの衛星による大角度スケール(数分角以上)での観測と、ALMAによる極めて高い解像度(~10秒角以下)での観測とをつなぐ空間スケールでの高感度な観測が欠けています。サブミリ波帯で~10秒角以上の解像度を実現でき、かつ、高感度につながる大集光力を持つ口径50mクラスの望遠鏡が存在しないからです。LSTは、この問題点を一挙に解決します。
広い視野を高い感度で観測できるLSTは、大きな銀河団の全体像を捉えると同時に、遠方(赤方偏移z > 1)の銀河団(~ Mpcスケール)の内部構造をも見分ける(~ 100 kpcスケールで空間分解)という夢をかなえます。宇宙における構造形成とは、宇宙が進化する過程でさまざまなサイズの天体をつくってきたことと言えます。構造形成とは、天体の材料となる物質自身の重力を含む、開放系の熱力学的進化にほかなりません。従って、異なるサイズスケールに渡ってエネルギーがやりとりされた結果、銀河間物質がどのように加熱され、また冷却するかを知ることが本質的に重要となります。宇宙における構造形成を理解するには、ひとつひとつの銀河と大規模構造をつなぐ、空間スケールである銀河団の役割を観測的に明らかにすることが、本質的です。これがLSTによるSZ効果観測の狙いです。
銀河団の中心領域など、狭い範囲に限って考えれば、ALMAは強力な望遠鏡です。これに対し、LSTは銀河団をすっぽりカバーする広い領域にわたり観測を行います。これにより、銀河間物質の圧力分布や温度分布などの熱力学の基本量を測定し、質量分布を求めます。宇宙を構成する質量とエネルギーの24%は電磁波では直接見えない暗黒物質ですが、電磁波で捉えられる質量分布の情報から、広い領域にわたる重力質量分布の推定が可能となります。「最初期の銀河」に限らず、銀河は、いわば暗黒物質の海にぽつんと浮かぶ星々の大集団です。したがって、LSTによるSZ効果観測は宇宙における物質進化の歴史を理解するうえで、本質的なピースをもたらすはずです。
LSTによって飛躍的な進展が期待されるSZ効果による銀河団研究ですが、もう少し詳しくSZ効果の観測について説明しましょう。LSTでは、ミリ波からサブミリ波にかけての幅広い周波数(波長)範囲にわたり、さまざまな波長(多色)で「歪んだCMBスペクトル」を同時測定します。なぜならば、歪んだスペクトルの形を測ることで銀河団プラズマの温度や運動に関する情報を引き出せるからです。地上からのサブミリ波観測とは、時々刻々と変化する地球大気からのサブミリ波放射と微弱な天体信号の分離にほかなりませんが、SZ効果のようにきわめて微弱な信号を分離するには、さまざまな波長で観測した情報を用いることで検出精度をあげることが鍵です。一言でいうならば、「多色で同時観測」が精密測定の肝なのです。
SZ効果を利用した研究においても、「多色で同時」観測が実現されれば、従来検出されてきた熱運動する電子にともなうSZ効果に加え、構造形成に伴う銀河団の衝突合体によって生じた銀河団の運動による、さらに微弱な運動学的SZ効果を個々の銀河団で検出できるかもしれません。現状では、多数の銀河団からの信号を重ね合わせて信号対雑音比を改善し(スタッキング解析と呼びます)、微弱な運動学的SZ効果を検出したとの報告があります。これは多数の銀河団に共通する性質を抽出するのに向いた優れた手法ですが、一方で個々の銀河団の個性の情報は失われています。個性を知ることは多様性の起源を理解することにつながります。したがって、LSTによるSZ効果を用いた個々の銀河団の研究は、構造形成や銀河団の進化の研究を進展させるばかりでなく、銀河団の多様性の起源や銀河団を用いた観測的宇宙論など、幅広い分野に大きな波及効果をもたらすでしょう。
SZ効果を利用した銀河団研究においても、我が国の研究者は世界を牽引してきました。野辺山宇宙電波観測所45m電波望遠鏡にボロメーターアレイNOBAを搭載し、ミリ波帯でのSZ効果の検出にとどまらず、その空間分布を明らかにした研究[15]に始まり、サブミリ波帯での初検出[16]も成し遂げました。そしてALMAを駆使したSZ銀河団の高解像度観測[17][18]により、銀河団プラズマのダイナミックな進化を世界に先駆けて明らかにしてきました。上述のスタッキング解析の手法をPlanck衛星のデータに適用し、宇宙の大規模構造を構成するフィラメントからのSZシグナルを初めて捉えたのも、日本人研究者の手によるものです[19]。LSTの実現により、スペースからの数分角以上のスケールのデータとALMAによる~10秒角を切る解像度のデータがリンクされることを多くの研究者が待ち望んでいます。
1.3. 「超大質量ブラックホールの形成・進化史の解明」
LSTのひとつの「売り」が1平方度を超える広い天域を撮像する能力であることは、これまで何度も強調してきた通りです。広視野撮像能力の追求は、日本の観測天文学のお家芸のひとつと言ってよいかもしれません。その歴史は木曽観測所のシュミット・カメラから始まり、すばる望遠鏡の主焦点に取り付けられた可視光超広視野カメラに代表されます。とりわけ、「すばる」の主焦点カメラの2代目の活躍は目覚ましく、きわめて多数の銀河をサンプルできる強みを活かし、赤方偏移が6から7を超える時代のクェーサーを続々と発見しています[20]。クェーサーとは、超大質量ブラックホールに引き寄せられたガスが高温となってきわめて明るく輝く高エネルギーの銀河中心核のことです。こうしたクェーサーにおいて測定されるブラックホールの質量は、太陽質量の数億倍から数10億倍にも達します。これは驚くべき観測事実であり、宇宙開闢からわずか7〜8億年の短時間に超大質量ブラックホールが如何なるプロセスを経て形成されたのか大きな謎となっています。その解明は、現代天文学のみならず物理学をも巻き込んだ重大な課題と言ってよいでしょう[21]。
赤方偏移6〜7を示すクェーサーは、ほぼ例外なく多量の星間物質に覆われた爆発的な星形成活動(スターバーストと呼びます)を伴っていることが、ALMAによる観測から判明しています[22]。これらのクェーサーは、可視光で検出できる天体への進化に至る以前に、多量の星間物質に隠された状態でブラックホールが急成長する時期を経ていると理論研究者は考えています[23][24]。
LSTによる広域かつ高感度なサブミリ波連続波探査では、50mの口径だからこそ実現できる高い解像度を活かし、膨大な数の「暗いサブミリ波銀河」検出(波長850 μmでの5σコンフュージョン限界 ~0.1 mJy)を狙います。「暗いサブミリ波銀河」は、赤外線背景光(cosmic infrared background light; CIB)の中心的な担い手と考えられていますが、膨大な数からなるサンプルには、クェーサーの前駆体と呼ぶべき急成長中の超大質量ブラックホールを宿している高赤方偏移天体が含まれるはずです。ここで注意すべきことは、それらの超大質量ブラックホールは、塵に深く埋もれているため「すばる」で見つけ出すことは容易でないことです。なぜならば、「すばる」が得意とする可視光から近赤外線での深い撮像でも、大量の塵(とガス)に阻まれ、ブラックホール近傍まで見通せないからです。
急成長中のブラックホール周囲のダストや分子ガスは、ブラックホールのごく近傍の高温ガスからの強烈な紫外線やX線によって暖められています。ミリ波サブミリ波帯は、まさにこのようなガスの温度にマッチした波長域なのです。LSTによる超広帯域分光観測では、さまざまなエネルギー準位からのCO分子輝線を一網打尽にします。COに限らず直線分子の回転エネルギーも量子化されており、回転量子数J+1からひとつ下の状態へ遷移する際に放射される電磁波からなるスペクトル線が115 GHzおきにあらわれます。そこで、J+1とJ, JとJ-1など、多数の遷移スペクトルの強度を比較するとCOスペクトルを放射しているガスの温度と密度を知ることができます(CO spectral line energy distribution; CO SLEDの解析)。回転量子数JがJ >10などの輝線が励起されるためには数100 Kの温度が必要なのですが、これがちょうど急成長する超大質量ブラックホールが周囲のダストを暖めたときの温度に近いのです。急成長とは、急速に質量を増していくことを指します。このような温度のガスからのCOスペクトルはサブミリ波帯にあらわれますから、LSTは星間物質中で急速に質量を増している超大質量ブラックホールの存在をつきとめ、その性質を調べるのに打ってつけです[25]。透過性の高いエックス線を使えば、高赤方偏移に存在する、塵を厚く纏とった天体でも捉えることは可能ですから、FORCEなどの次世代の硬X線衛星天文台とLSTのシナジーに大きな期待がよせられています。このように、宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程を明らかにするうえで、LSTは他の波長の観測からは得られない、本質的な情報をもたらします。
ここまでは銀河の中心部に存在する超大質量ブラックホールに焦点をあてました。日本時間で2016年2月12日未明に始まった全米科学財団主催の記者会見は、衝撃的でした。連星を組むブラックホールが合体したときに発せられた重力波がついに捉えられたのです。引き続く多数の重力波観測からブラックホール連星系の存在は確かなものとなり、ブラックホールの合体の過程で大きな特異速度により放出され、放浪する中質量ブラックホールの存在を予言するものでした。太陽質量の30倍を超える星の進化の最終段階(星の死)でできるブラックホールの質量は、桁で言えばせいぜい太陽質量の10倍です。これに対して銀河の中心部に潜む超巨大ブラックホールは6~7桁大きい質量です。このふたつのタイプのブラックホールの中間的な質量をもつブラックホールは存在するのでしょうか? そして、超巨大ブラックホールの形成メカニズムとどのような関わりをもつのでしょうか?
我が国の理論研究者は、こうした放浪する中質量ブラックホールの探査がミリ波サブミリ波帯の広域連続波探査で可能であることを世界にさきがけて示しています。[26][27]。一方、観測的な手がかりは意外なところからもたらされました。野辺山45m電波望遠鏡やASTEを駆使したミリ波サブミリ波広域分光撮像観測から、天の川銀河の中心領域(Central Molecular Zone)におけるコンパクトでCO分子輝線の線幅の広い特異な分子雲(High-velocity compact clouds; HVCCs)が続々と見つかったのです。その後の詳しい解析から、これらの線幅の広さは、中間質量ブラックホール周囲のガスの運動でうまく説明されました。HVCCsこそが探し求めていた中間質量ブラックホールを宿す天体の有力候補[28][29]として、急速にスポットライトを浴び始めました。中間質量ブラックホールに関する研究は端緒についたばかりですが、LSTがもたらす広視野かつ超広帯域高分散分光データは、こうした我が国の研究者が理論面と観測面で先鞭をつけた研究を強力に進展させることでしょう。
(2) 星形成初期段階とそれに伴う惑星系形成の多様性および普遍性の解明
2.1. 背景
星は、銀河宇宙の基本的な構成要素です。赤方偏移〜1,100の時代に宇宙を満たす水素ガスはほとんど中性化しますが、それらが再び電離された現象が宇宙の再電離です。再電離が起こるためには、大量の電離光子が必要です。その供給源は何でしょうか? 電離光子は銀河、つまり星の大集団や活動銀河中心核などの天体から放射されたと考えられています。つまり、星は宇宙のなかで「どうのように形成されたのか」という受け身の視点だけでなく、星は初期宇宙そのものを変えたという視点も重要でしょう。星はその中心核において、炭素より重い元素を合成し、その死において鉄(Fe)以上に重い元素も合成し、外層大気を星間空間へ還元します。このため宇宙の物質進化史において、星は主役を担っています。
「私たちはどこから来たのであろうか?」という根源的な問いがおそらく端緒となり、人類は太陽系を探究の出発点にし、惑星系の形成は星の誕生と深く結びついていることを知りました。1980年代以降のミリ波電波天文学と赤外線天文学の急速な発展は、「京都モデル」に代表されるような太陽系形成理論の観測による実証を進め、星と惑星の誕生のあらすじは明らかになってきました。同時に、後述するように、現代天文学の様々な未解明問題と深く結びついていることもわかってきました[31]。つまり、観測的研究により星誕生の多様性が見えてきたのです。一方、理論研究はそれらを整合的に説明することに至っていませんが、3つのパラダイムに絞られてきました。
1つは、連鎖的星形成パラダイムで1970年代に提唱されました。進化段階の異なる星が空間的に連続して分布していることに基づき、膨張する電離水素領域によってガスが圧縮され、そのなかで次世代の星が生まれるというシナリオです。2つ目は、分子雲衝突による活発な星形成が起こるというパラダイムです。大質量の星が生まれるためには、高密度で大質量の分子ガスを必要とします(初期条件)。しかし、高密度大質量ガスがどのように形成されたが大問題で、分子雲衝突はこの問題を一挙に解決します。このため大質量星を含む、星団形成にはガスの衝突が密接に関わると考えられています。2つ目は、星形成のフィラメント・パラダイムと呼ばれるもので、これは太陽系近傍のすべての星は、フィラメント状(円柱状)分子雲と呼ばれる構造の分裂と分裂素片(分子雲コアと呼ばれます)から誕生したというものです。このシナリオであれば、星が誕生したときの質量頻度分布(初期質量関数と呼ばれます)を含め、観測事実をたいへんよく説明します。
これらのパラダイムの優位性・説得力は、比較する観測結果によって変わり、どれが正解かを判断するのは難しい状況です。そのため、国内では、3つの主要なパラダイムは星形成の条件の違いを反映しているのにすぎず、多様な星形成現象において最も支配的な物理過程により、観測をうまく説明するパラダイムが決まるのではないかと考えられ始めています。それぞれのパラダイム確立において、主要な役割を担って来た日本の研究者によって、次の統合されたパラダイムに向けての創造的な議論が始まっています。基礎物理学にもとづき宇宙の進化を理解するためには、銀河進化の重要な要素である星形成理解をより深め、その統一的な描像の獲得が望まれます。
2.2. 全体計画
LSTは、単一鏡としての高い空間分解能と感度で銀河系のほぼ全域に対して, 星の材料となる分子雲全体を星形成の基本単位とされる分子雲コアのスケールまで空間分解できます。従来の地上観測の致命的な弱点は、得られる空間情報に制限があったことです(例えば、望遠鏡時間の制限から主要な分子雲の明るい領域だけしか観測が終わらないなど)。LSTは、分子雲から分子雲コアまでの空間情報を隈なく得ることができます。既存のALMAと組み合わせることで、さらに原始星、原始惑星系円盤までほぼ切れ目なく空間情報を取得可能になります。ハーシェル衛星による広域観測から、フィラメント・パラダイムが生まれました。LSTは、分子雲の分子雲コアまでの物理的・化学的構造についての観測的な普遍性・多様性を明らかにします。これらは、星形成の統一的パラダイム向けた決め手となることでしょう。
アタカマ高地から観測できる天域をLSTで広く観測することにより、分子雲は銀河のどこでどれほど形成され、星をつくっているのか(高密度ガス比の分布や銀河系外縁部の星形成など)を知り、分子雲の寿命を明らかにします。すべての分子雲について詳細構造を含めた速度差もただちに求められますから、天の川銀河における分子雲衝突の全貌が明らかになります。分子雲コアから星の形成に至る重力崩壊プロセスの初期条件を網羅的に解明することによって、どれほどの質量の分子雲コアがどれほどの頻度で生まれるのか(分子雲コアの質量関数)が明らかになります。これに付随する重要な挑戦が、分子雲コアの角運動量分布の完全理解です。星に限らず、すべての天体は回転しています。つまり、角運動量をもっています。その起源は、材料となった分子雲の速度構造のゆらぎにあると日本の大学院生が最近、理論研究から示しました。速度構造のゆらぎによって、分子雲コアの場所々々にかかるトルクは異なりますので、その差が分子雲コアの回転を生じさせるというわけです。ゆらぎが生じたり、強まったり、弱まったりする原因は、乱流と磁場です。LSTは、希薄な分子ガスから密度の高いガスまでの速度場と磁場を描き出しますので、天体の回転の起源という、根源的な問題に取り組むことができるようになります。
星の初期質量関数と分子雲コアの質量関数の関係が明らかになれば、「星を生む母体ガスのうち、結局何%が星になるのか?」(星形成効率)に決着がつきます。この数値は現時点では数%とは考えられていますが、それを決める物理に磁場や乱流が深く関わっており、その初期条件はフィラメントの力学状態が与えます。星形成効率の問題が片付けば、ガスの散逸時間が求めるひとつの情報のピースが埋まります。第2パラダイムの分子雲衝突とは、現在では、より広くガス流の衝突と捉えられています。そのなかには、フィラメント同士の衝突も含まれます。いずれのメカニズムにせよ、大質量高密度ガスが形成され、大質量星を含む星団形成にモードが変わったとき、その分子雲では死へのカウントダウンが始まります。なぜならば、大質量の若い星は質量降着が続いているさなかに中心で核融合反応が開始され、強力は紫外線源となり、いったん大質量星が誕生してしまうと、わずか数100万年で分子雲は破壊(分子雲の散逸)されます。この破壊に要する時間が「分子雲の散逸時間」で、大質量星の形成までにかかる時間と散逸時間を足せば、分子雲の寿命の目安が得られ、1000万年の桁です。一方、銀河分野の研究者が「ガスの枯渇時間」と呼ぶ量がありますが、これはガスの総量を星形成率でわったものです(星形成率とは、単位時間に生まれる星の数を星の質量で表現したもの)。桁1000万年の分子雲寿命を星形成効率(上述の数%)で割り算すれば、おおよそ10億年(1 Gyrs)となります。これがケニカット・シュミット則の本質です。LSTでは、ケニカット·シュミット則を分子雲コアというミクロスケールでの広域観測にもとづき素過程から説明し、近傍宇宙における星形成の理解を目指します。星形成研究の知見を銀河研究に適用する場合、扱う現象の時間スケールに注意しなければいけません。分子雲など、宇宙の構造形成に関わる情報は、音速かその数倍で伝わります。例えば、銀河進化を10億年 (1 Gyrs) の時間ステップで考えたいとしましょう。10億年と星間物質中の音速の積は100 pcの桁です。つまり、銀河系内において100 pcスケールで得た知見であれば、銀河研究にフィードバックしてよいでしょう。100 pcスケールにもおよぶ広域観測は、LSTがまさに得意とするものです。
上の議論でおわかりいただけると思いますが、銀河系内の分子雲を対象とする研究からあらすじが組み立てられ、銀河研究にフィードバックされようとしています。そのためには、観測による検証に耐えた理論を統合し、3つのパラダイムの統一が欠かせません。しかしながら、宇宙における物質進化を辿るためには、まだまだ足りないピースが3つあります。以下では、LSTの登場が強く期待されている2つのサイエンスケースについて、もっと具体的に見てゆくことにしましょう。
それらは星間化学と磁場になりますが、2.3.と2.4.でお話しましょう。また、深く関わるテーマとして2.5.「超新星残骸に付随する分子雲の広域観測に基づく宇宙線研究」および2.6.「太陽系惑星大気の研究」も紹介いたします。
2.3.「星生成初期段階の物理的および化学的多様性と普遍性の研究」
138億年にわたる宇宙進化の結果、銀河系では多様な星・惑星系が誕生し、生命を育んだ地球を生み出すに至りました。LSTは、この星や惑星系での進化の理解に不可欠な分子雲・分子雲コアでの化学的多様性の解明を目指します。個々の天体がおかれている環境による差異を除けば、化学進化には3つの基礎プロセスがあることが1990年代以降の星間化学研究の急速な発展からわかっています。それらは、炭素原子からCO分子への変換、星間ダストへの分子の吸着、そして星間ダストから気相への蒸発です。化学の知見を利用することで、分子雲の形成と進化や、そこで起こる星や惑星系の形成プロセスについて、密度や温度などの物理的指標とは異なる化学的な情報を得ることができます。例えば、50 K以下の極低温でなければ進まない重水素濃縮を利用し、星形成の初期段階を捉えることができます(野辺山45m鏡で、そのような研究始まっています)。ALMAが稼働してから、さまざまな天体において分子の分布が克明に捉えられ、化学の重要性はますます高まっています。LSTは、角度分解能5~10秒角スケールで感度の劇的な改善をもたらし、広い視野かつ周波数方向に無バイアスの輝線スペクトルサーベイが可能となり、日本の研究者が開拓してきた星間化学の進展が期待できます。
最近の研究では、低質量原始星エンベロープや大質量(原始)星形成領域で、化学的な多様性が見つかってきています[32][33][34]。この起源として原始星形成以前の分子雲コア時代に形成された氷マントルの多様性が検討され、太陽系の化学的特性なども星形成過程のごく初期に獲得された可能性が指摘されています[34]。炭素原子から一酸化炭素分子への変換が起こる分子雲形成時期、そして分子雲から分子雲コアに至る時期の化学進化こそが, LSTの強みを活かした研究対象となります。また、氷マントルの多様性は、紫外線環境の違いがその一因という説が提唱されています[35]が、様々な環境の分子雲、星なしコアを網羅的に観測することで、化学的多様性の起源や大型有機分子の起源を調べること可能となります[36][37][38]。化学的多様性の起源の解明に不可欠な、様々な微量分子等の存在比を定量する上でも、LSTの大集光力と輝線サーベイ能力が重要な役割を果たします。
ALMAなどの干渉計では、太陽系近傍の分子雲や分子雲コアに対しては、広い視野で空間情報を広くカバーした観測は難しいことが知られています。また、望遠鏡口径に制約の大きい衛星や、成層圏赤外線天文台(SOFIA)などの飛翔体天文台では、高い空間分解能の分子雲コアなどの観測を苦手としています。LSTでは、この間を埋める望遠鏡性能を有し、分子雲スケールから分子雲コアのスケールまでの広域撮像を可能とします。それは、観測領域や観測周波数領域を格段に広げ、また高い観測感度を実現し、量的にも質的にも観測的研究を飛躍させることでしょう。例えば、炭素原子の分布は、若い星からの紫外線等によって形成される分子雲表面の光解離領域に付随するとの通常の説に対して、口径1.2m富士山頂サブミリ波望遠鏡による様々な星形成領域での炭素原子輝線の観測は、炭素原子からCO分子が起こる分子雲形成領域も描き出しました。LSTでは、50mの口径による高空間分解能観測で炭素原子の分布や星間ガスの構造の新しい描像を導き出すことでしょう。これらは、化学的進化の初期段階における重要でユニークな情報を提供し、続いて起こる分子雲中での星形成、そして原始惑星系円盤までの化学的進化の全体像を得る上で本質的に重要な情報となります。さらに重元素量の少なさが分子組成に及ぼす影響を踏まえ、銀河系で得られた情報は、他の多様な銀河に適用し、比較検討するためのテンプレートとなり、重元素量の少なさが分子組成に及ぼす影響などの研究にも活用されるでしょう。
最近のミリ波単一鏡による新機軸の超広帯域高分散観測での深い観測などによって生命関連分子(エタノールアミンなど)が発見され[39][40]、またベンゼン環を含む分子(芳香族炭素化合物の基幹となるもの)が10ミリ波帯で発見されており[41][42]、これらブレークスルー的な発見における単一鏡の役割が再認識されています。また、JCMTのSCUBA-2連続波カメラによる波長850 μmモニター観測から、低質量原始星における間欠的な質量降着に伴う大幅な増光現象が検出され、引き続きALMA行われた観測は増光の効果で原始惑星系円盤中のダストから気相へ蒸発した分子を検出しました。これは単一鏡の持つ機動力を生かした観測とALMAの連携が実を結んだものです。LSTでも、今後の天文学の発展によって当初構想を超える観測提案がなされ、また分子輝線サーベイ観測などでも、予想しない結果が得られる可能性もあるでしょう。
LSTの高い感度、高い空間分解能、広い帯域にわたる高分散観測の性能は、新しい星間分子の探索に加え、微量分子の同位体種の観測にも適しています。ALMAに代表される、電波干渉計とは異なり、空間的にひろがった放射も捉えられるLSTでは、正確な同位体比が導出が可能です。分子雲中の星間ダスト表面で形成される水やCH3OHなどの有機分子の重水素化物は、それらの分子が形成された当時の温度や密度などの物理環境の指標やそれらの分子の生成メカニズムのヒントになり得ます[43][44]。星間ダスト表面で形成された分子は、原始星誕生後に温度が100 K程度に上昇した際に、電波望遠鏡で検出されます。LSTを用いた原始星周辺の水や有機分子の同位体種の多天体サーベイ観測により、分子の生成メカニズムの解明だけでなく、個々の原始星がどのような環境で、どのような過程を経て生まれたかを推定できるようになります。このような研究は、前述の化学的多様性の起源を解明することに繋がると期待されます。
LSTでは、ミリ波からサブミリ波まで超広帯域高分散観測を実現し、新分子の無バイアス探査と、様々な遷移(ミリ波帯の低励起線からサブミリ波帯での高励起線)での検出による存在量などの推定を可能とします。そして、暴きだされる希薄な星間雲から分子雲コアまでの化学進化の知見は、ALMAなどによる原始星、原始惑星系円盤の知見ともつなぎ合わされて、太陽系や惑星科学研究までを包含した化学進化そしてその多様性の理解に大きく貢献することでしょう。さらには、我々の銀河系での化学的多様性の理解は、系外銀河における化学的多様性の研究[45][46][47][48]にとって重要な一つの基準となることでしょう。
これまでに述べた化学進化は、天文学のなかではastrochemistryと呼ばれる分野に相当に相当します。一方で、天文学全体を俯瞰した場合、化学進化という言葉は、より広く宇宙における重元素量の増加(元素合成)の意味で使われています。今、astrochemistryを元素合成とを繋ぐ研究が求められており、LSTにはそのつなぎ役となるポテンシャルがあります。例えば、重元素量の少ない(低金属量の)近傍の矮小銀河において、「炭素原子からCO分子への転換、星間ダストへの分子の吸着、そして星間ダストから気相への蒸発」という3つの基礎過程が成立しているかどうかは、LSTでの重要なテーマとなるでしょう。さらに、宇宙初期のガンマ線バースト天体などを背景光とする吸収線観測もLSTでチャレンジしたい課題であり、これらが実現すれば初期宇宙における重元素合成や化学的多様性の一端を切り取ることが可能となるでしょう。
2.4. 「星形成過程における磁場の役割の解明」
Herschel衛星による分子雲の網羅的な観測は、フィラメント状分子雲における分子雲コア形成を考えることによって、少なくとも太陽近傍の星形成領域については、多様な現象の統一的な説明に成功しました。これがフィラメント・パラダイムと呼ばれるものです。しかしながら、星間ガスの多重圧縮プロセスを含めて、網の目状の分子雲からどのようにしてフィラメント状分子雲が形成されるのか、どのように自己重力が卓越し分裂して分子雲コア形成に至るのか、そしてその分子雲コアからどのように星が形成され、星の最終質量はどのように決まるかなどの基本的で天文学でも非常に大事な問題は、万人が納得するかたちでの解決に至っていません。冒頭で述べたように、フィラメント・パラダイムは、連鎖的星形成とガス衝突による星団形成を合わせた3つのパラダイムのひとつをなします。これを念頭に、このセクションでは偏波観測の到達点とLSTで挑むべきテーマについて述べます。
LSTは、星間塵の熱放射強度とその直線偏波観測から網羅的に磁場構造(ここでは、偏波率と偏波方向から推定した磁場方向の2次元分布を指す)を推定することを軸に、星形成プロセスにおける磁場の役割の理解を本質的に深化させます。さらに技術的難易度の高い、分子輝線でのゼーマン効果を利用した磁場強度測定を次の段階で目指します。星間磁場中でゼーマン分裂した分子からの遷移線は、磁場に沿った方向でアンテナへ到来する円偏波成分(ゼーマン効果)と磁場と直交して到来する直線偏波成分(Goldreich-Kylafis;GK効果)を生じさせます。GK効果による直線偏波は塵の直線偏波観測データにまぎれこみますが、GK効果の起こる条件が理論的に解明されており、分離が可能です。ゼーマン効果やGK効果は星間分子の偏波現象ですから、星間塵の光学的特性や偏波特性(いずれも未解明の点が多い)とは独立に星間磁場を研究する手段となります。単一望遠鏡による、従来の偏波観測は既存の望遠鏡に新たに偏波計を搭載して観測を行っていました。このため偏波観測で要求される高い較正精度の達成が難しいのですが、LSTでは構想段階から偏波観測を想定し、最適化することが大きな特徴となっています。
LSTでは、まず近傍のフィラメント状分子雲すべてを高い精度で直線偏波観測し、分子雲コアでの磁場構造を分解することを目指します。これまでのフィラメント状分子雲の磁場観測[49][50]では、比較的近傍の代表的な星形成領域のうち、特に明るい領域に対しては磁場構造を明らかにしたにすぎません。それにも関わらず, 我が国の研究者が進めた先駆的な観測から重要な知見が得られています。それは「pcスケールの希薄な星間雲を貫く整った磁場構造は、フィラメントのなかでも柱密度10^22 cm^-2を超える高密度で0.01 pcスケールの領域ではランダムになる」というものです。これはフィラメント内で、この柱密度を超えると乱流が卓越することを意味します。興味深いことに、サブミリ波干渉計SMAやALMAによる、さらに細かな100 AUスケール(原始惑星系円盤スケール)の偏波観測と比べると、よく揃った磁場構造が観測されることがあります。これらをナイーブに解釈すると「フィラメント ⇨ 分子雲コア ⇨ 原始星」と進む、天体形成おけるさまざまな力の拮抗において、磁場は2回負けたこと(1回目は磁気乱流に起因する力に、2回目はガスの自己重力に負けた)を意味するのかもしれません。理論予測では磁場の役割は基本的に受動的ですが、条件次第で星形成に伴うガスの進化(収縮や重力崩壊)を能動的に抑制し、また促進します。LSTでは、分子雲コアから原始星を形成するプロセスのなかで、「どの密度範囲やどの空間スケールで磁場がガス進化を律速しているのか」の論争に決着をつけます。
LSTでは、既存望遠鏡に比べ数倍の高い空間分解能を実現します。これにより数kpcの距離にある、赤外線暗黒星雲(IRDC)などの多様な星形成領域をフィラメントの幅を分解して観測可能となります。一般に赤外線暗黒星雲はフィラメント・ハブ構造を示し、重力ポテンシャルの底に対応するハブで大質量星が形成されています。周囲のフィラメント群は複雑な構造を示し、フィラメント衝突で説明できることもあります。一部の天体で着手されている、フィラメントへのガス流の速度場と磁場の比較の研究をより高品質のデータを用いて拡張できれば、星団形成における磁場の役割を含めて答えることができるでしょう。宇宙物理学の交差点 ―銀河物理学と銀河系星間物理学の交差点― とも言える大質量星形成は、小質量星から大質量星までを含む星団形成という形をとります。そして、銀河系内での大質量形成、星団形成における磁場の役割の理解を深めることは、系外銀河研究を進める基盤となります。
LSTでは、1平方度を一度に撮像できる超広視野性能を目標にかかげています。第一期観測装置の段階から、広域偏波撮像機能を持たせる計画です。これにより、既存望遠鏡では不可能な近傍分子雲の全面偏波マッピングへの道をひらきます。地上からの連続波観測は、ひろがった放射を検出することが不得手です。これは地球大気からの熱放射と天体からの放射を切り分ける際、前者はひろがっていますから、後者のうち広がった成分を前者とともに差し引いてしまうからです。このため既存の観測装置は、おうし座分子雲など、太陽系からもっとも近い星形成領域における広がった放射の撮像が苦手です。それゆえ磁場構造と分子雲形成、分子雲の構造、分子雲コアへの分裂、星形成を統一的に理解するための基本パラメタを導出できていません。一方、既存望遠鏡は口径が小さく、大質量星を形成している遠方の分子雲に対しては、詳細構造を知ることができません。
LSTで計画されている、新しいカメラではこれらの問題を一挙に解決します。フィラメント状分子雲の線質量と分子雲コアの質量には相関があるとの観測結果が得られており[51]、また磁場強度により臨界線質量が増加することが理論的に示唆されていることから[52]、フィラメント状分子雲の磁場構造には大質量コアの形成や質量関数を決める重要な手がかりが潜んでいます[53]。一方、塵の熱輻射や分子輝線の広域マッピングから重力的に束縛されたコアの質量関数の導出が可能[54]となりますから、LSTでは、様々な領域での塵の熱放射や分子輝線の観測を通して、フィラメント内のガスの流れと磁場の方向とその乱れ具合、それらの相関の強さから磁場強度を求めます。同時に分子雲コア質量の頻度分布(コアの質量関数)も導出し、その比較から星の初期質量関数の起源という基本問題の解明も目指します。これにより、星の質量はどのように決まるかの積年の問題に決着をつけます。
ここでは、LSTによる偏波観測が拓く可能性のひとつを紹介しました。既存望遠鏡での偏波観測は、感度の限界から観測ターゲットが事実上、星形成領域に限定されています。LSTに搭載される、新しいカメラの偏波観測では撮像能力の大幅な向上が期待できるため、晩期型星のまわりの物質や超新星残骸、近傍銀河にまで観測対象がひろがることはまちがいないでしょう。これらの天体では、一部の例外を除き、サブミリ波偏波観測はほとんどなされてきませんでした。このため、偏波観測を通じてLSTが宇宙像を大きく広げられることを最後に述べておきます。
2.5. 「超新星残骸に付随する分子雲の広域観測に基づく宇宙線研究」
一次宇宙線(以下宇宙線)は、光速に近い速さで飛び交う陽子/電子/原子核であり、星間物質の加熱と冷却、すなわち銀河の熱的収支を踏まえた銀河進化の理解に欠かせない銀河系の構成要素です。しかしながら、その起源(加速源)については、100年を超える論争に決着がついていません。この状況下、我が国の研究グループは超新星残骸が宇宙線の加速源であるという有力仮説を検証するため、名古屋大学なんてん望遠鏡やASTE、ALMAなどを駆使し、超新星残骸に付随する分子雲の広域観測を勢力的に展開してきました[55][56][57]。その観測結果を踏まえ、陽子起源ガンマ線の同定や衝撃波と分子雲の相互作用領域における粒子加速モデルなど、裏付けとなる理論モデルを構築し[58]、多数の成果を挙げています。しかしながら、その研究対象は太陽系近傍の小数のサンプルにとどまっています。
LST計画による高い解像度での天の川銀河全域にわたるCO輝線分光サーベイと偏波観測が実現されれば、加速領域の速度場と速度分散構造が仔細にわかり、衝撃波と磁気乱流場における加速機構に制限がつくでしょう。また、星間ガスの精密定量により、陽子起源のガンマ線が発生する際の標的粒子(すなわち分子雲)の分布が解明されれば、超新星爆発のエネルギーのうちどれくらいの割合が星間ガスの加熱に寄与しているかの理解が格段に進展するでしょう。我が国の研究機関も参画するチェレンコフ・テレスコープ・アレイ(CTA)での高感度・高角度分解能でのγ線観測と協調することにより、我が国の研究者が主導してきた宇宙線加速の研究を統計的なサンプルに基づいて進められるでしょう。
さらに、銀河宇宙線の最高エネルギーに対応するガンマ線(~300 TeV)がCTAにより検出されれば、それに付随する星間雲の精査が重要になる他、超新星残骸から宇宙線が拡散していくプロセスの解明[59]、電子起源/陽子起源ガンマ線の割合[60]、低エネルギー宇宙線問題[61]など、CTAと連携した高品位な星間雲の広域データが今後の鍵を握るはずで、大きな成果が期待されます。
2.6. 太陽系の惑星大気の研究
惑星大気は、宇宙と惑星表層の間を結合する領域・環境であり、それは個々の惑星を特徴付けるものです。また、中心星である太陽や磁気圏環境からの応答、惑星内部からの脱ガス、大気層でのエネルギーと物質の循環など、さまざまな物理的・化学的素過程が研究対象となっています。一方、惑星形成や進化の結果として実在する太陽系惑星は、惑星生命圏(ハビタビリティ)の現場としての観点も含めて、基本となる素過程や多様性を司る要因を理解することが大きな目標となっています。太陽系内惑星とその大気は多様性に富み、間近に研究できる系外惑星とも言われます。それらの近さゆえ、惑星と大気は分解して観測可能であるが、空間的に広がっていること、探査機観測との連携が可能なことなどが特徴であり、太陽系外惑星では不可能な研究を展開できる実験室として、地上のミリ波サブミリ波単一鏡の重要なターゲットです。
ALMAは、太陽系内の惑星の観測においても大きな成果を挙げ、重要な役割を果たしています(我が国の研究者による成果としては、たとえば[62]など)。一方、サイズが大きい木星型の惑星や、みかけのサイズが大きく変動する地球型の内惑星を観測する場合、干渉計観測では広がった放射を捉えることが容易ではありません。また、干渉計を構成するアンテナ配列が頻繁に変わることや、惑星位置との関係で、惑星観測に適さない観測シーズンが発生することが避けられません。LSTではこのような制限がないため、惑星大気の研究に不可欠な大気微量成分のミリ波サブミリ波分光観測を進める強力な手段を提供することできます。惑星大気に存在する物理過程は、時間スケールが数時間程度の突発的現象から、数年間に及ぶ「気候変動」まで様々ですが、LSTがもたらす大集光力は惑星大気を観測する際の時間分解能の高さに直結し、その結果高頻度の惑星大気観測を実現できます。
金星に突入した探査機「あかつき」とJCMT 15m サブミリ波望遠鏡の共同観測から、金星大気の温度の鉛直変化を明らかにそれに直交する方向の温度変化も検出しています。サブミリ波観測など、ヘテロダイン受信を行う大きな利点は波長分解能の高さにありますが、LSTの高感度を活かせば、より微量の分子を用いた風速場の測定精度を10メートル毎秒の精度にまで改善できるでしょう(一般にスペクトル線の速度分解能をあげれば、感度は低下します)。これにより、金星大気の化学に関する未解決問題の一つである、いわゆるCO2安定問題(これは火星大気にも当てはまります)、そしてSO2の分布問題(金星の雲の上下での存在量差異を説明できない問題)とその時間変動や、HClの分布問題(探査機と地上観測の結果が整合しない)への解決が進むでしょう。これらの問題を解決に向けて、大気循環モデルと比較できる観測的知見を取得することが、次世代の大型サブミリ波望遠鏡に期待されています。
我が国では、Solar Planetary Atmosphere Research Telescope (SPART) [63] という世界的にも例のない、惑星大気監視専用望遠鏡による貴重な長期観測データが得られているほか、「あかつき」やJUICE、火星探査など日本が主導もしくは参画するユニークな探査ミッションが推進・検討されています。これらは系外惑星のハビタビリティの理解にも重要な知見を与えるものであり、さらにLSTを加えて地球科学・惑星科学など関連分野の研究者との連携を図ることで、我が国独自の成果の拡大に貢献できると考えられます。ALMAで進められている太陽系外惑星研究との連携、実験室研究や理論研究の実証など、多様なアイデアを試し、発展させる環境を提供することにもつながります。
(3) ミリ波サブミリ波帯における時間領域天文学の開拓
すでに研究が進んでいる分野をさらに発展させるにとどまらず、LSTは従来のミリ波サブミリ波広域観測の常識を塗り替える感度と視野の広さを活かし、高時間分解能 (high cadence) 多色掃天観測を実現します。これにより、ミリ波サブミリ波帯における時間領域天文学の開拓を目指します。そこで対象となる天体・天体現象は多岐にわたりますが、(1) で取り上げた、ミリ波サブミリ波帯で明るくなるGRB逆行衝撃波を捉え[6]、宇宙再電離期の星形成を探査することが期待される他、「みなしごガンマ線バースト」からのミリ波サブミリ波残光の観測によるガンマ線バースト構造の研究[64]、また若い星への間欠的な質量降着や若い星表面における磁気活動性の研究、そしてまだ発見されていない変動性の天体物理学現象の探査(unknown unknowns)などの新たな展望を切り開くことができるでしょう。
可視光や赤外線での伝統ある光度曲線の測定やエックス線やガンマ線衛星による突発天体の観測と比較して、この波長帯における時間領域天文学は、いまだ黎明期にあります。しかし、JCMT/ SCUBA2を使った星形成領域での突発天体の大規模な探査[65]のほか、SPT/SPT-3G, Atacama Cosmology Telescop (ACT)など長期間にわたる地上CMB観測の膨大なデータから、GRB残光と考えられるミリ波突発天体候補の報告[66]や、恒星フレアと考えられる明るい突発天体の検出例が報告されるようになりました[67][68]。
これらの研究から、LSTの強みが4つ見えてきます。ひとつは50mの大口径ゆえの感度の高さであり、これが優れた時間分解能をもたらします。もうひとつは広い視野であり、空のどこに現れるか予想がつかない突発天体を捉えることを可能にします。また、変光した天体と変光しない天体が同一画像内で検出できます。これにより変光した事実は、望遠鏡や観測装置に起因するのではなく、天体現象そのものに起因することを確かな測光精度で結論できます。3つ目は、広視野多色カメラを搭載する強みです。さまざまなタイムスケールの増光や減光をもたらす放射機構を突き止めるためには、そのスペクトル指数(周波数に応じて連続波の強度はべき乗で変わるが、その指数。スペクトル指数を調べれば電子のエネルギー:スペクトルや伝搬経路における吸収の有無などがわかる)の情報は必須です。LSTの広視野多色カメラは、複数の周波数で同時に輝度を測れるため、スペクトル指数の決定精度にブレークスルーをもたらします。4つ目は、多色での偏波観測の強みです。タイムスケールの短い時間変動は、非熱的放射であり、天体の磁気流体的活動に起因することがほとんどです(例えば、星表面での磁気再結合に伴うジャイロ・シンクロトロン放射)。一方、熱的放射の変動スケールはゆっくりです(例えば、若い星への間欠的な質量降着による増光はダスト熱輻射の放射層の厚みの変化に起因するため)。このように放射の原因をきりわけ、放射機構を判別するためには、偏波率の情報が鍵となります。この4つは、未知の天体現象を遭遇したときのLSTの圧倒的な強みと言えるでしょう。
LSTでは、既存のミリ波サブミリ波望遠鏡の感度を凌駕する連続波マッピング速度を活かし、~mJy級の変動天体・突発天体を多数検出し、統計的な性質を明らかにします。さらに、その中に含まれる超遠方GRBなど興味深い天体の即時超広帯域分光フォローアップなどにより、まったく新しいパラメータースペースを切り拓きます。長期モニター観測は、膨大な量のデータをもたらすでしょう。これらをすべて足し合わせれば、過去に到達したことのない高感度画像がもたらされます。実際、JCMT SCUBA-2による、多数の星形成領域におけるこのような画像は、幅広く利用されていることから、LSTでの時間領域天文学でのポテンシャルの高さを最後に強調しておきましょう。
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